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2012年 07月 27日
20120727 おみこし わっしょい
b0013099_12461081.jpg 高田祇園祭は、昨日26日で終わり、直江津へと移っていきました。

 24日と26日に神輿渡御が行われました。神輿渡御とはいっても最近は、担ぎ手が少なくて台車で引き回している町内も徐々に増えてきているようです。昔なら「祇園祭なので」といって会社を早退することもできましたが、今はそんなことを言うと「何を考えているんだ」といわれる所もあるようです。これも時代の趨勢でしょうか。

 他の町内と違って、当町(東本町5丁目)では、右の写真のように、ちゃんと担ぎます。わずか80戸しかなく75歳以上が54人もいるという超高齢化町内会ですが、町内にある企業の応援もいただいて担いでいます。昨日は担ぎ手が40人を越える状況で、法被が足りない、終わってから配る缶ビールが足りなくなるということで、てんやわんやの事態でした。

 高田祇園祭は、高田開府とともに始まったといわれています。直江津の八坂神社(祇園)が高田に移転しない代わりに、神輿を高田にも渡御させるということになったようです。
 高田といっても、武士が居住する「家中」(本城町、北城、東城、南城、西城町)と、庶民が暮らす高田町に分かれていて、祇園祭は高田町の祭りです。高田の街をほぼ二分し、神輿を受け入れる北本町や本町、それに司令部通り以南を「表祇園」、それ以外を「裏祇園」として、日を変えて神輿が渡御します。以前(我々が子どもの頃)は、表祇園は7月7日で裏祇園は7月14日だったように思います。その間は、馬出しのお旅所(仮宮)に安置されていました。

 東本町5丁目は神輿が渡御する最後(もともとは)の町内です。それで「町の意地」みたいなのがあって、「やせてもかれても台車になんか乗せられるか」というわけです。
 もともとは神輿渡御の最後の町内でしたが、最近は稲田にまで行く(昔の川下りの場所が稲田側にあったために行くことはありましたが)ようになっています。稲田出身の元市長が在職中に、「上越まつり」とした際に行くようにさせてしまったようです。さらに荒川の河川改修の時に、稲田側に船着き場まで作ってしまいました。なんともはや・・・。だから当町の住民は「意地」を張るわけです。

 神輿は稲田に渡り、稲田側から船に乗せられて「川下り」します。神主は川下りの神事には出ますが、高田の街のように神輿を先導して「お祓い」をして歩くことはありません。氏子ではないですからね。

 何はともあれ、高田祇園祭は無事終了しました。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-27 12:13 | ●町内会 | Comments(0)

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