<   2010年 12月 ( 79 )   > この月の画像一覧

2010年 12月 30日
20101230 年賀状の宛名印刷もやっと終わりました
 年賀状の宛名印刷もやっと終わりました。明日朝のうちに郵便局へもって行きます。
[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-30 23:18 | 家族・家事 | Comments(0)
2010年 12月 30日
20101230 ようやく年賀状を印刷しました
 ようやく年賀状を印刷しました。まだ裏面だけですけど。
[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-30 18:00 | 家族・家事 | Comments(0)
2010年 12月 30日
20101230 三波春夫『千島はわが領土--北方領土 「四島返還」はすべてではない』
 12月21日の「綱領・古典の連続教室」は、志位委員長の「綱領」第一回でした。「20101224 志位さんの綱領教室の講義を見ました」にも書きましたが、志位委員長は「綱領がなぜ戦前から始まるか」について、「戦前の問題が今日の問題につながっている」ということを強調しました。その中で、いわゆる「北方領土」問題を取り上げ、最後に話したのが、三波春夫さんの『千島はわが領土--北方領土 「四島返還」はすべてではない』という論文でした。

 三波春夫さんについて、ウィキペディアは次のように書いています。

1944年に陸軍入隊し、満州に渡る。敗戦を満州で迎える。
敗戦後ハバロフスクの捕虜収容所に送られ、その後約4年間のシベリア抑留生活を過ごす。帰国直後は共産主義に洗脳されていたと述べている。[1]三波は、「国際法を無視し、捕虜の人権を蹂躙した国家的犯罪。更にソ連は謝罪も賠償も全くしていない」と非難していた。後に日本を守る国民会議(現・日本会議)の代表委員となるなど、反共主義運動を展開。


 『千島はわが領土--北方領土 「四島返還」はすべてではない』という論文は、日本青年協議会の「祖国と青年」に掲載されたもののようです。この論文については、11月2日の「産経抄」が言及しています。

 ▼そこで持ち出すのが、北方領土問題だ。三波は、満州でソ連軍と戦い、4年間のシベリア抑留を経験している。きのうのメドベージェフ・ロシア大統領による北方領土訪問には、筆誅(ひっちゅう)を加えずにはいられなかったはずだ。
 ▼歴史研究家でもあった三波は、1875年に日露間で結ばれた樺太千島交換条約が、北方領土問題の原点だと主張してきた。これによって、千島列島は、日本の領土として正式に認められている。さらに60年を遡(さかのぼ)って、北方領土を開拓し、日露紛争を解決した高田屋嘉兵衛の功績を知ってもらおうと、芝居を企画し歌を作った。


 志位委員長は、「日本共産党の見解と同じ」といっていたが、きちんと歴史研究をすると、同じ見解になるものだと思いました。
[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-30 00:41 | 国の政治 | Comments(0)
2010年 12月 29日
20101229 領土問題、ちゃんと主張しないと
 29日新潟日報7面に「北方領土問題 ロシア矢継ぎ早に攻勢」という記事が掲載されている。「年明けにも閣僚数人訪問」「日本側打つ手なし」と報じている。

 だいたい「日本側打つ手なし」ということがおかしいではないか。「モスクワ共同」の配信らしいが、「日本側打つ手なし」と報道する姿勢も問題だと思う。打つ手はあるのだから。あるのにしていないということが大問題なのだが、それを報道しようという意思が見られないのはどういうことだろうか。
 打つ手の第一は、「千島列島は日本の歴史的な固有の領土である」ということを、国際社会におおいに発進することであろう。現状では日本政府は既に北千島を放棄しており、ロシア側も完全に自国領土だとしている。その上で南千島と北海道の一部である歯舞・色丹を領有化しようとしているわけだ。黙っていれば、世界中が「千島列島も歯舞・色丹もロシア領なんだ」ということになってしまうではないか。そうなってからやおら「日本領だったのだ」なんていっても後の祭りである。ロシアが矢継ぎ早に攻勢に出てきた今こそ、世界に「日本領土だ」とアピールする絶好のチャンスではないか。

 「韓国政府が、竹島などを国家管理港に指定」という報道もある。竹島は複雑な問題を抱えているとはいえ、これも日本政府が国際社会に「日本の領土です」ということを発信しなくては始まらない。

 日本共産党の志位委員長は「綱領教室」で、次のような趣旨の発言をしている。
 日本政府はアジア侵略について、明確に謝罪していないので、侵略で奪ったものと平和的に日本の領土になったものとの区別がつかない。平和的に日本の領土になったものについては、国際社会に訴えて領土を確定すべきである。

[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-29 16:39 | ●本・新聞を読んで | Comments(0)
2010年 12月 29日
20101229 妙高山域遭難対策連絡会
 妙高山域遭難対策連絡会の設立総会の案内が届きました。
 実は先日、新井(妙高市)の丸山氏から電話があり、「遭難対策連絡会を立ち上げるので参加してもらいたい」と言ってきたのです。年齢的にも技術的にも「どうかな?」とは思ったのですが、昨今の登山を巡る状況等、それに何よりも「今までお世話になってきたのだから、何らかの形で協力しよう」と思い、入会をしていたのでした。
 「設立趣意書」が同封されていました。

 妙高山域では山岳遭難、山菜・きのこ取り遭難合わせて年間10件前後の遭難事件が発生している。・・・警察の捜索救助活動に協力できる体制を整えておくことは遭難者の早期発見救助に寄与するところ大であることは論を待たない。

 毎年、「山菜・きのこ取り遭難」が新聞紙面をにぎわせています。続いて同地域での過去の「協力組織の形成」についての経緯がつづられていました。「そうだ。そんなこともあったよな」と、いろいろ思い出されることもたくさんあります。「有志」で救助訓練をやったことも記憶の底に残っています。「地元山岳会の連絡会」ができたのも、同じような動機からだったかと思い返しました。

 こうした現状の中で、地元の登山有識者、今も精力的に活動を続けている地元山岳会、および他県から移り住んできた登山愛好家および職業ガイド等が力を合わせ、警察・消防による捜索救助のバックアップを行える組織形成に動き出すべきであると考え、本会の立ち上げにつながったものである。

 私自身は、現状の体力と能力に加え、年齢的な問題もあり、どこまで協力できるかは不明であり、自信もないが、可能な範囲で協力していこうと思っています。
[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-29 10:42 | ●登山 | Comments(0)
2010年 12月 29日
20101229 町内年末特別警戒-いわゆる夜警です
 東本町5丁目では、毎年この時期に「町内年末特別警戒」-いわゆる「夜警」を行っています。今年は28日と29日の二日間です。
 初日の28日夜8時、町内会館には町内会役員をはじめ12人が集まりました。年配の役員4人を「番兵」として残し、4人づつ2組に分けて町内を回ることにしました。一隊は町内の西側から通りを東へ進み、養福寺まで入って、同じ道(本来は北裏を通るのですが、先日の雪で通れないので)を会館までもどるコース。もう一隊は、やはり西側から町内の南裏を回ってキャンドルから大通りに出て、稲田橋から町内の通りを会館までもどるコース。
 「火の用心」と声を出して一回りしてくると、寒さもどこへやら、からだがホカホカしてきました。8時半頃と9時半過ぎとの二度回って終わりになりました。
[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-29 10:03 | ●町内会 | Comments(0)
2010年 12月 28日
20101228 地域の会連絡会が上越市長に要請
 28日午前、在来線の存続・地域の振興・発展をめざす地域の会連絡会が、上越市長に対して「在来線の存続のため上越市の取り組み強化を求める要請」を行いました。7名が参加しました。

 「要請書」を手交し、稲荷副市長から上越市の見解を聞いた後、「意見交換」に移りました。
 「一括在姿譲渡」に関して、「現状がどうなっているのか、例えば線路は○○kmあって時価が△△円、簿価は□□円、というように把握しておく必要があるのではないか。何時調査するのか。」という質問に、「来年度」という悠長な答弁でした。当然「一括在姿譲渡」の話が出た段階で、JR東に問いただすべきものだと思います。「並行在来線会社が運営に必要な資産を確定してから」のような発言もありましたが、これは問題のすり替えです。「運営に何が必要か」はそれ自体重要なことですが、「何がどれだけあるのか」はそれ以前に確認しておく当然のことです。
 例えば家一軒を買う場合、先ず何をするかといえば、どんな間取りになっていて、どんな材料が使われているかなどを調べるでしょう。それと同じことです。

 「一括在姿譲渡」に関しては、「在姿の時点は何時か」という質問もありました。「JR東が言い出した時点か、実際に譲渡される時点かで大きく異なってくるのではないか」ということです。まあ、こんなことは考えてもいなかったのでしょう。「実際に譲渡される時点」であるとすれば、それまでの間に大いに改良・改善してもらって、「在姿のまま」譲り受ければよいわけですが、「JR東が言い出した時点」とすると、その後の改良・改善はすべて「譲渡価格」に跳ね返ってきてしまいます。

 部長から「みなさんの要望は、「政府・与党合意」の見直しですよね・・・」という疑問が投げかけられました。「我々は、「政府・与党合意」の見直し、新幹線も在来線もJRが運営すべきだと主張していますが、それが実現しない場合についても三セクが運営する場合にどういう問題が出てくるか無関心ではありません」という当然のことが、いっせいに出されました。

 「並行在来線赤字解消額」の問題については、副市長が最初に述べた市の見解では、触れていませんでした。JRが引き続き並行在来線を運営し新幹線も運営することができるという根拠です。再度の問いかけに、「スキーム」「合意している」というだけでした。
 「泉田知事は、良いものを見つけてくれたのです。ただ知事は「県に還付を」といっていますが、「JRにあげますので、新幹線も在来線も両方とも運営してください」というべきです。それでJRが「ハイ」といえば、すべてが解決します。」

 部長は、「そういう考えもある」と盛んに言っていましたが、並行在来線の問題は「そういう考えもある」というような次元の問題ではなく、在来線を地域住民の足として存続させるために、あらゆる知恵を出し合い、持ち寄るということです。そのためには立場を越えて、取り組む必要があると思うのですが。
[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-28 17:07 | ●三市連絡会 | Comments(0)
2010年 12月 27日
20101227 妙高市に「在来線の存続のため 取り組み強化を求める要請」
 午後、在来線の存続・地域の振興・発展をめざす地域の会連絡会と在来線を守る三市連絡会(参加者7名)で、妙高市に対して「在来線の存続のため妙高市の取り組み強化を求める要請」を行いました。
 要請書を手渡した後の懇談で、引場副市長は概略次のような話をされました。

 みなさんの要望はよく分かりますし、その通りだと思います。1990年「政府・与党合意」の当時は、「第二の国鉄にしない」ということから「利益の範囲内で貸付料を払う」となっていました。その状況は変わりました。
 貸付料に赤字解消相当額が含まれているということが、最初から分かっていれば、並行在来線分離などということには、ならなかったと思います。
 一括在姿譲渡の問題では、資産データを調査・分析することになっていて、譲渡資産を精査することになります。
 妙高市にとっては、信越本線のなだれ対策、雪対策も大事です。
 行政としてやれることはやりますので、住民運動もおおいに進めてください。


 並行在来線を運営するということが、目の前にきていることを反映しているのかなと思いました。
 明日は上越市への要請です。
[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-27 17:21 | ●三市連絡会 | Comments(0)
2010年 12月 26日
20101226 [名護交付金凍結]米軍統治と似た手口だ-沖縄タイムスの記事
 「ぜひ、多くの人に読んでほしい。本来の地方自治のあり方まで考えさせられる社説です。」というツィートが送られてきたので、その沖縄タイムスの記事を読んでみた。

 書き出しはこうだ。

 米軍による異民族支配の歴史を思い起こした。名護市に対する米軍再編交付金の支払い停止問題と、あのころの圧政がダブる。

 なるほど、沖縄の人たちには、このように映るのか。本土では分からない感覚だと思った。

 しかも今年1月の名護市長選で移設反対の稲嶺進市長を民主党は推薦した。政権を取ると公約も理念もそっちのけに名護市を締め上げるなんて、支離滅裂だ。
 札束でほほを打つような政府を見ていると、かつて住民に銃剣を向けながら基地を拡張していった米軍統治の圧政を思い出す。


 地方で民主党がどんなに耳障りのよいことを言っても、民主党政権の一言でそれが覆されるということでもある。
 次の一文は「災い転じて福となす」発想だ。民主党政権にとっては「やぶへび」かも知れないが。

 しかし動揺する前に凍結された予算の中身をいま一度精査してはどうか。住民ニーズに根差した事業なのか、それとも単にハコ物事業なのか。市民に情報開示し共に解決策を探ってほしい。

 最後に次のように締めくくっている。

 民主党政権に権力者のおごりはないか。市民は必ずそれを見抜くだろう。
[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-26 19:28 | ●本・新聞を読んで | Comments(0)
2010年 12月 26日
20101226 昭和天皇の沖縄メッセージ-池田香代子ブログより
 池田香代子さんのブログ(24日)に、「「文書を示せこのポンコツ」 昭和天皇の沖縄メッセージ」というのがあり、目にとまりました。

 先おとといの記事がツイッターで取り沙汰されています。ある方の私の記事からの引用、「『米軍が沖縄に50年以上でも駐留することを希望する』という天皇の沖縄メッセージは、文書が残っています。動かぬ証拠が」に、 別の方が「文書に残っているというのならその文書を示せこのポンコツ」と怒っています。

 「先おとといの記事」というのは、12月21日の「「私はどうなっても」じゃなくて「沖縄はどうなっても」だろう!」という記事です。1986年2月27日付けの朝日新聞の4コマ漫画「フジ三太郎」についての話です。この記事が「ツイッターで取り沙汰されて」いるというのです。
 「文書に残っているというのならその文書を示せこのポンコツ」といわれたので、「沖縄県公文書館のサイトに載っています。文末に、ブログ「風のまにまに」さんから、英語原文と和訳をコピペしておきます」といって、文末にそれを掲載したものです。

 「うー、書ききれません。続きはまたあした。」ということで、25日に「きのうの続きです。」として「続「文書を示せこのポンコツ」 昭和天皇の沖縄メッセージ」が掲載されました。

 このブログに掲載された「宮内庁御用掛、寺崎英成から伝えられ」「シーボルト連合国最高司令官政治顧問」が米本国に報告した「いわゆる昭和天皇の沖縄メッセージ」を読むと、池田さんではありませんが「買弁」を色濃く見ることができます。

 在米日本大使館に勤務したことのある元外交官寺崎の顔は、徹頭徹尾アメリカに向いています。「沖縄軍事占領をこの先ずっと民衆に受けいれさせるにはこうしたほうがいいですよ」と、アメリカに入れ知恵しているのです。まさに買弁とはこのことです。ここに戦後の外務省、ひいては現政権にいたるすべての政権の原型を見る思いがするのは、私だけでしょうか。

 これまでの自公政権はもちろん「顔は、徹頭徹尾アメリカに向いて」いましたが、現民主党政権もまた「顔は、徹頭徹尾アメリカに向いて」いますね。
[PR]

by toshihiro_sugimot | 2010-12-26 10:10 | 国の政治 | Comments(0)