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2012年 07月 31日
20120730 西穂独標へ行ってきた
 今年のサマテンでは、西穂独標に行くことを早くから予定に組み入れていた。9月に遊歩会で登るのだが、その下見を兼ねてである。
 「往復でどの位」
 「8時間でしょう」
というので、それを目標に行ってみることにする。
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 「遅くとも6時発」の予定だったが、25分遅れで出発。河童橋で見ると、上部にすでに雲がかかり始めていた。「下手すると夕方夕立かな」と思いつつ、歩を進める。ちらほら観光客が歩いている。
 西穂登山口の門をくぐると樹林帯で、夕暮れ時のように薄暗い。玄文沢の堰堤をすぎると傾斜がきつくなる。しばらく行くと夫婦連れが休んでいた。地図では真っ直ぐに登っているが、実際は右に左にとつづら折に登っている。それでもかなりきつい登りではある。
 一本調子の登りでないのがよい。傾斜が緩やかになり、平坦な所や、時々下りもある。小さな沢音が聞こえた。水を補給できるようだ。
 さらに一登りすると、沢筋に入る。キヌガサソウが一輪咲いていた。やがて焼岳との分岐。休んでいると、直前で追い抜いてきた夫婦が上がってきた。
 「どちらまで」
 「西穂山荘で折り返そうと」
 「もったいない、山荘まで数百メートルだから、せめて丸山まで行かれたら」
 「考えてみます」
 実際は300mほどだろうか。すぐに着いた。

 西穂山荘の前は、人だかりがしていた。ほとんどがケーブルで上がってきた人たちだ。その人混みの中で休む。霞沢岳の頂上部だけ雲がかかっている。丸山への道にもたくさんの人影が見える。やはり上部はガスに覆われている。
 丸山の頂上は、傾斜が緩やかになったその先にあった。少し下って、独標の登りにかかる。そして最後の登り。岩稜をグイッと登ると頂上だ。狭い山頂に10人ほどの人たちがいた。上高地方面がよく見える。西穂の方は相変わらず雲がかかっている。一緒に登ってきた四人組が西穂の方へ行った。降り口が崩れているというような話があったがそんなようには見えなかった。
 小さな子どもが数人。二家族のようだ。昔を思い出す。西穂山荘でコーヒーを注文する。なんとインスタント。ソフトクリームが売りのようだ。パンで昼食。
 中学生の学校登山の大部隊が降りて行った。
 山荘から少し下ったところで転倒してしまった。右足の踵が岩に引っかかってしまったようだ。頭を少し打ったようだ。足が上がっていないのだ。右手の親指と薬指を突いてしまったらしい。しばらく休む。大丈夫そうなのでゆっくりと下り始める。極端に慎重になる。仕方がない。
 しばらくして中学生たちに追いつく。先生が心配する。「横からすり抜けますからそのままでいいですよ」というと、ホッとした顔をした。百人を追い越すというのは、なかなかだ。変なところで休めないので、過重労働になってしまった。
 急さかを下り切って堰堤が見えれば、もう登山口はすぐそこだ。
 田代橋にたくさんの人だかりがしていた。ガイドが何か説明しているようだった。その人たちが川原の道を行ったので、山側の道を行く。こちらはすれ違う人も少ない。
 河童橋に来るとそこはもう、観光地だ。登山者が肩身の狭い思いをする。観光客の間をすり抜けて、サマテンに到着する。
 ほどほどの天気だったが、ほぼ予定の時間に戻れた。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-31 11:28 | ●登山 | Comments(0)
2012年 07月 31日
20120731 日だまりで日光浴をしながら
 テントの中にいると寒いくらいで、長袖を着ていなければならない。木と木の間、暖かい陽が射しているところが、ちょうどよい。
 宇都宮氏が尺八の練習をはじめた。上高地のこの雰囲気に合っているように思う。その音を聞きながら、行き交う人々を眺めてコーヒーを飲んでいる。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-31 10:34 | ●登山 | Comments(0)
2012年 07月 31日
20120731 上高地は快適だ
 今日(31日)は朝から快晴。起きてすぐ、河童橋へ写真を撮りに行ってきた。吊り尾根の左右に奥穂と前穂がくっきりと見えていた。靄がかかった明神に朝陽があたっている。木々が金色に輝いている。
 サマテンのあたりは、樹林に朝陽が差し込み、何ともさわやかな気分だ。そんな中、テントを入り口の方に移動した。炊事場テントとの間に広いスペースができた。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-31 09:32 | ●登山 | Comments(0)
2012年 07月 28日
20120728 県知事選挙がはじまるぞ!
 先日選挙管理委員会から封書が届いた。「新潟県知事選挙公営ポスター掲示場の設置について(依頼)」という文書と、返信用葉書が入っていた。当町の「暁光広場」には、選挙のたびにポスター掲示場が設置されている。その設置のお願いが、こういう形でくるというのをはじめて知った。
 県知事選挙は、10月4日(木)告示、10月21日(日)投票である。いよいよ県知事選挙が始まる。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-28 12:29 | 県政の諸問題 | Comments(0)
2012年 07月 27日
20120727 おみこし わっしょい
b0013099_12461081.jpg 高田祇園祭は、昨日26日で終わり、直江津へと移っていきました。

 24日と26日に神輿渡御が行われました。神輿渡御とはいっても最近は、担ぎ手が少なくて台車で引き回している町内も徐々に増えてきているようです。昔なら「祇園祭なので」といって会社を早退することもできましたが、今はそんなことを言うと「何を考えているんだ」といわれる所もあるようです。これも時代の趨勢でしょうか。

 他の町内と違って、当町(東本町5丁目)では、右の写真のように、ちゃんと担ぎます。わずか80戸しかなく75歳以上が54人もいるという超高齢化町内会ですが、町内にある企業の応援もいただいて担いでいます。昨日は担ぎ手が40人を越える状況で、法被が足りない、終わってから配る缶ビールが足りなくなるということで、てんやわんやの事態でした。

 高田祇園祭は、高田開府とともに始まったといわれています。直江津の八坂神社(祇園)が高田に移転しない代わりに、神輿を高田にも渡御させるということになったようです。
 高田といっても、武士が居住する「家中」(本城町、北城、東城、南城、西城町)と、庶民が暮らす高田町に分かれていて、祇園祭は高田町の祭りです。高田の街をほぼ二分し、神輿を受け入れる北本町や本町、それに司令部通り以南を「表祇園」、それ以外を「裏祇園」として、日を変えて神輿が渡御します。以前(我々が子どもの頃)は、表祇園は7月7日で裏祇園は7月14日だったように思います。その間は、馬出しのお旅所(仮宮)に安置されていました。

 東本町5丁目は神輿が渡御する最後(もともとは)の町内です。それで「町の意地」みたいなのがあって、「やせてもかれても台車になんか乗せられるか」というわけです。
 もともとは神輿渡御の最後の町内でしたが、最近は稲田にまで行く(昔の川下りの場所が稲田側にあったために行くことはありましたが)ようになっています。稲田出身の元市長が在職中に、「上越まつり」とした際に行くようにさせてしまったようです。さらに荒川の河川改修の時に、稲田側に船着き場まで作ってしまいました。なんともはや・・・。だから当町の住民は「意地」を張るわけです。

 神輿は稲田に渡り、稲田側から船に乗せられて「川下り」します。神主は川下りの神事には出ますが、高田の街のように神輿を先導して「お祓い」をして歩くことはありません。氏子ではないですからね。

 何はともあれ、高田祇園祭は無事終了しました。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-27 12:13 | ●町内会 | Comments(0)
2012年 07月 25日
20120725 夜間にヘリが飛んでいる
 暗くなって夕食をとっているときだったから8時前後だっただろうか。ヘリコプターの爆音が頭上でしばらくしていた。いったん静かになったが、5分ほどしてまた、聞こえてきた。

 「ヘリコプターだ」
 「昨日の夜も飛んでたよ」

 昨日神輿渡御に随行していた時にもヘリが旋回していた。
 「杉本さん、オスプレイだよ」
 「オスプレイじゃあないよ、オチルプレイだよ」

 オスプレイの配備は、岩国や沖縄だけでなく、みな関心があるのだ。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-25 21:20 | いろいろ | Comments(0)
2012年 07月 25日
20120725 高田祇園祭-中日祭
 今日25日は、高田祇園祭の神事が行われる中日祭が馬出しの仮宮で執り行われ、参列した。昨日よりもさらに暑い日だった。狭い仮宮の中での神事は、やはり窮屈な感じがした。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-25 18:12 | ●町内会 | Comments(0)
2012年 07月 24日
20120724 上越まつり-高田祇園祭はじまる
 上越まつり-高田祇園祭がはじまった。
 23日、直江津の八坂神社の神輿が北本町2丁目の陀羅尼八幡まで送られてきて仮安置された。
 今日24日は「表祇園」で、神輿が北本町4丁目から出て、旧家中を除く高田のまちの半分を渡御する。そして馬出しの仮宮に入る。
 25日は、高田での祇園祭の神事である「中日祭」があり、夜は民謡流し。
 そして26日は「裏祇園」になり、高田のまちの残りを神輿が渡御する。そして最後は稲田橋から御座舟に乗って直江津へと還御していく。

 町内会長は、自動的に「高田祇園祭実行委員会」の委員になっている。特に当町は高田町最後の町内で、役員町内会になっている。
 24日午前中は、仲町5丁目町内会長とともに、北本町4丁目から馬出しの仮宮まで、神輿渡御に随行した。初めてのことだが、同じ神輿の渡御でも各町いろいろなやり方、作法などなどがあって、「ヘーーッ」「ホーーーッ」と思うことが多かった。
 カンカン照りではなかったが、蒸し暑く、歩行速度としては相当に遅いので、疲れた。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-24 18:57 | ●町内会 | Comments(0)
2012年 07月 24日
20120724 八ヶ岳へ行ってきました
 7月21日22日、八ヶ岳へ行ってきました。
 21日は、一日中雨。それでも行者小屋から阿弥陀岳に登って、赤岳頂上山荘に泊まりました。
 22日は、9時過ぎまでは青空も広がったり、山々も見えていたのですが、次第に雲が広がり、ついには雨が降り出すという天気でした。
 全体に花は遅れているようで、それが幸いして、いっぱい楽しむことができた二日間でした。
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by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2012-07-24 17:54 | Comments(0)
2012年 07月 20日
20120720 日本共産党創立90周年記念講演会
 7月15日は日本共産党の創立記念日だった。18日に 日本共産党創立90周年記念講演会が日本青年館で行われ、志位和夫委員長と不破哲三社会科学研究所所長が講演した。それを録画したDVDを視聴する会があり、妻とともに参加した。
  不破哲三社研所長の講演は、党の90年の歴史を、躍進とそれを阻もうとする勢力との闘争という角度から、いくつかの時期に区切っての話だった。我々が活動をはじめた1960年代中頃からの話は、自分自身の経験とも重なり合い、当時の活動の記憶をよみがえらせてくれた。
 不破氏の年齢を感じさせない話しぶりにも感動した。
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by toshihiro_sugimot | 2012-07-20 13:58 | 日本共産党 | Comments(0)