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2013年 07月 25日
20130725 高田祇園祭-中日祭
 昨日24日から高田祇園祭が始まっている。(実際は、23日の前夜祭からだけど)
 今日25日は、中日祭。高田祇園祭の中心行事である。その中日祭に参列し、直会も終わって戻ってきたところである。

 直会の会場から出たところ(2時少し前)で、突然雨が降り出した。「夕立」の予報は出ていたのだが、ちょっと早すぎるのではないか。頭上はるか高い所で、雷がゴロゴロゴロッと鳴っている。自転車を飛ばしたが、家に着くまでに、頭からびっしょりになってしまった。まあ、夏の雨だから冷たくはないのだが。

 かつて(私が子どもの頃)高田祇園祭は、7月7日から始まり14日まで続いたものだった。それが謙信公祭と合わさって「上越まつり」となってから、7月24日~26日に変更されて、今の日程になった。
 7日の表祇園から14日の裏祇園まで、八坂神社の神輿は馬出しのお旅所に安置され、その中間の日に「中日祭」が行われていたようである。名前は「中日祭」だが、高田祇園祭の重要な神事なのである。
 直江八幡宮の祭礼だと、前日に御霊が神輿に移され、渡御の後、御霊を神殿に戻す御霊移しが行われる。そして翌日、厳かな神事が執り行われる。「中日祭」は、この厳かな神事である。

 昔を思い起こすと、7月14日は休日ではないが、朝、学校へ行っただけで、すぐに帰宅したように記憶している。それから町内に戻って、灯篭行列である。東本町5丁目に東本町4丁目、東本町3丁目と加わると、当時では数百人のこども達がいたものである。それが一人一人、灯篭を載せた数mの竹竿を持って、行進したのである。今では考えられないことだが、東本町5から出て、東本町3~仲町6~仲町3へ行き、お旅所の横から大町3~大町5、そして東本町5丁目まで戻って来たのだ。
 そして夕方は今度は、東本町3丁目と東本町4丁目の子ども達が東本町5丁目とともに稲田橋を渡り、立町から六軒町を通って四ヶ所で折り返してきたのであるが、その途中で、稲田の子ども達と灯篭のぶつけ合いになり、灯篭の張り紙は破れる、果ては灯明の火で灯篭が燃えるなどしたものであった。
 そんなことは、今は昔の物語である。

 あの壮観な東本町連合灯篭行列の写真が欲しいと思っているのだが、なかなか手に入らない。現実にはもう、実行不可能なのだから、写真だけでも残しておきたいものである。

by TOSHIHIRO_SUGIMOT | 2013-07-25 15:02 | ●町内会 | Comments(0)